方位磁針

重要な選択するときに、人は何を指針としてそれを選ぶのだろう。
その選択がその人間にとって重要であればあるほど、
内面から実に様々な『声』が聞こえてくるのだろう。

長年押さえつけられてきた、欲望の声。
背に腹は代えられない、損得の声。
もしこうなったらどうするんだ!恐怖の声。
ぬぐっても浸み出してくる、感情の声。

そして、それらを黙って眺めている、魂の声。


これらの声は、互いに正論を懐に抱え、強烈な引力で指針を引き寄せる。
方位を失った針はぐるぐると回転し、止められない凶器となって人を傷つける。

回転する針のその中心で、ずっと動かないたったひとつの声は、はじめから沈黙している。
これが、魂だ。


ぼくはまだ、魂の声を聞いたことがない。
魂はいつも黙っているからだ。
ぼくを導いてくれた方位磁針は、ずっと、『声』ではなく、『出会い』だった。


出会う人、出会う言葉、出会う本、出会う場所…


出会いだけを頼りに生きてきた。
きっと、ひとつひとつの出会いのたびに、
欲望や損得や恐怖や感情でそれを吟味し、
欲望や損得や恐怖や感情は、我が物顔でその恩恵を得るのだけど、
その出会いをもたらしたのは彼らではなく、いつも魂のおかげだった。


魂の出会い。
そんな出会いなら、選択なんか必要ない。

CLIONE