芸術の感覚を目覚めさせる。(Pagro)

ダマヌールの精神的探究の一つに、芸術的感覚を目覚めさせるというユニークなコースがあります。なぜ精神的探究に芸術が必要なのだろう、ダマヌールを最初に知った時まず不思議に思ったことです。


個人的に小学校高学年くらいから芸術の授業がおもしろくなく苦手になり、それいらい社会人に成ってダマヌールに出会うまでは、芸術にまったく関心がありませんでした。


小学校の低学年までは自由に思うがままにクレオンや絵具や粘土など使いこなし、周りの目など気にせず楽しく表現できていたのに、高学年ごろから上手く作らなければいけないとか、こうしなければいけないとかの指導が周りからいちいち入り、自由な表現ができず、既定の中に押し込まれた表現に徐々につまらなくなり、苦手意識が目覚めて社会人に成っても芸術にはまったく関心がないまま過ごしました。


しかし数年前ダマヌールに行き日本では受けることのできない芸術のコースを偶然受けることができました。もちろん内面は苦手意識でいっぱい、何ができるのが興味半分で受けてみましたが、あいかわらず頑固な苦手意識がはびこっていました。それをどう克服しようかとする意識も隣あわせでコース開始。

 

画用紙に両手に好きな絵具を使い好きな表現をして良いよという課題、周りの人は楽しそうに表現しているなか、こちらはイメージが湧かずなかなか手がうごかない、指示がないと動けないのか、綺麗に表現しないといけないのか相変わらずの既成概念にはまっていた思考回路だけが前に出てさらに動かない状態でした。

 

数分過ぎ、インストラクターから、もっと自由に思うがままに心から湧いて出てくる事を指や腕に任せて表現してくださいとアドバイスがあり、気持ちが徐々に楽になり概念が薄らぎニュートラルな状態で画用紙を見つめていると、いつの間にか腕や指が好きな絵具を見つけ画用紙に楽しそうに心の思うままに表現をしはじめているではないですか、、、。

 

数十年前の少年のころの感覚だ、なんて自由に表現できてることが楽しいのだろう、いままで成長するにつれ既成概念の壁が複雑に入り組んだ思考回路が、ダマヌールの芸術のコースを通して概念が省かれ、本来持っているその人の創造性や表現力の発揮に大いに開花し役立つことができたことに関心したしだいです。


今年10月、日本で初めてのダマヌールの芸術のコースがあるので、自己探求の一つとして楽しみにしています。

                            (Pagro)

 

写真は10月に講師として来日するピオブラ・カフェのFacebookページより